「対話かそれとも対立か」

山崎拓衆議院議員(元副総理)と安倍前首相の激烈バトル=大論争をご存知ですか。
 それは「拉致」に関わる北朝鮮問題です。両者の立場は、
・山崎氏は「話し合い路線」
・安倍氏は、話し合いを必要としない「強硬路線」
です。
 2人の論争が水と油の関係であることは一目瞭然です。どちらを選択するかは、立場と考え方から賛否両論、二つの意見に分かれることは、誰もが認めるところです。
 ところで、北朝鮮問題は国益に関わる重要な問題です。私たちはこの視点を忘れることはできません。いっぽう、政治家は結果責任を負うという宿命を担っています。この意味で安倍氏の山崎氏批判は問題があります。


 なぜなら、理由をどこに求めようが、安倍氏はみずから国政を預かる立場を放棄したのですから、その結果責任を負うべきです。それが終わっていないうちに、本来なら、このような問題に発言することでさえ、差し控えるべきではないでしょうか。議員辞職していたとしてもおかしくはありません。これを忘れています。多くの国民がみずからをどのようにみているのか、安倍氏はこの認識をまったくといってもっていないようです。そのような安倍氏が国益に関わる重大な問題に対して、適切に判断する能力をもっているとは、とても考えられません。このようなところに安倍氏が自己中心的な考え方の持ち主であることが強く意識されるわけです。そのために安倍内閣の時にいろいろな不祥事が起っていたのではないでしょうか。このように考えられます。
 山崎氏の対話路線は、「弱い」ようにみえますが、実はそうではありません。個人のメンツではなく「融和の理念」に裏づけられた話し合いは有効です。山崎氏が提案するように、ここで縄文人の発想法-融和の理念ーが前面に置かれた対話が再開されることを祈りたいと思います。

〔縄文人の思考法に学ぼう〕
トポロジーの視点をもてば、それまで見えなかったものが見えるようになり、わからなかったことがわかるようになります

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