人類の未来を語る多神教

 双曲図形と楕円図形を表わす「(」形は、同時にへこみとふくらみもっています。その凹と凸は、表裏一体の関係にあります。それは連続菱形文と向かい三角文と同じ「隣り合わせ」の関係でもあります。
 どちらか一方は、相手の存在なくしては、存在できないことが示されています。この「双曲図形・楕円図形」と「連続菱形文・向かい三角文」に究極の相対性を発見することができます。
 究極の相対性とは、相手の存在を認めることを最大・最高の「理念(ものの原型として考えられる、不変の完全な存在)」とするところにあります。

 ここに「双曲図形・楕円図形」と「連続菱形文・向かい三角文」の共生の思想の理論的根拠が示されています。この共生の思想を生みだす双曲図形と楕円図形の関係がもっとも重要です。これを記憶してください。このことを象徴する文様が、図に示すものです。


 双曲図形と楕円図形の合体形が内含する十字形は、+形を作る縦と横の線の長さが同じでなければなりません。同一であることが特徴です。その理由は、生命と宇宙を生みだす 米形は正八角形の骨組みを形成するものであるからです。正八角形はミクロの世界における生命誕生の原理を生みだし、マクロの世界で宇宙創世の原理を生みだします。
 このような二つの原理は、自然の法則です。
私たちは双曲図形と楕円図形の合体形が自然の法則に適っているということを忘れることはできません。人類はその自然の法則の中の一員でしかありません。

自然との共生
 ところで「相手のことを考えない」とは、自己中心的にものごとを捉え考えることです。これはさきに述べてきた相手を絶対的に必要とする「共生の思想」に対峙する考え方です。
①悪いのは騙した方ではなく騙された方である。
②自分以外の考え方を排除する。
上記のことは、「共生の思想」の持ち主は、理解に苦しむことでしょう。逆にいえば、①と②の考え方の人は、○に+を書き入れたマル十(旧島津藩の家紋)の存在が目の上のたんこぶになるはずです。このマル十を排除、いや抹殺を考えるかも知れません。
 縄文時代に発する「共生の思想」は、しめ縄に象徴されます。その共生の思想はしめ縄文化と言い換えれば理解を早めるかも知れません。しめ縄は「縁結びの神」でもあります。「結び目」・「組紐」は相手を絶対的に必要とします。二本の縄が撚られて一本のしめ縄が作られます。因みに日本の「にほん」は、「日出る国」の意味と二本締めのしめ縄の意味を含んでいる可能性があります。聖徳太子は隋への使者に「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙無しや、云々…」の国書を託しています。
 大和三山の一つに「みみなしやま」という山があります。この山は「耳成山」と書いて「みみなしやま」と呼びます。私はこの山に銅鐸の意味を読み取っていますが、この銅鐸に「耳がある銅鐸」と「耳なし銅鐸」があります。このように解釈すれば、一つ表記に二つの意味を与える、というわが国古代人の絶妙なセンスを読み取れるのですが、読者の皆さんはどのように思いますか。余談にそれてしまいました。
 私たち日本人は、共生の思想を縄文時代以来引き継いでいる民族の末裔であることを自覚している人は少ないのではないでしょうか。それは教義があるわけではありませんから、無理もありませんが、今、再認識することが求められていると思います。これは左右に分けられた思想とか、民族主義とは、まったく関係ありません。地球温暖化問題はまったなしの早急な意識の変換が迫られているのです。
 政治家をはじめに多くの人たちが、日本人=多神教、すなわち、私たちの先祖である縄文人が編み出し持ち続けてきた共生の理念の歴史を真に理解し学び取るとき、大きな力(パワー)を授かるはずです。この力は、
①悪いのは騙した方ではなく騙された方である。
②自分以外の考え方を排除する。
に対抗できるだけのパワーをもっています。
 私たち日本人は、一万年も前から、「自然との共生」を念頭に生きてきたのです、と全世界に向って発言することがとっても大事です。それは難しいことではありません。歴史が語る事実を語るだけです。特に首相をはじめとする政治家の皆さんに心がけていただきたいと願っています。
 「縄文が世界を救う」
 「縄文が地球を救う」

〔縄文人の思考法に学ぼう〕
トポロジーの視点をもてば、それまで見えなかったものが見えるようになり、わからなかったことがわかるようになります

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