経津主神と饒速日命

「縄文うずまきセミナー」にご参加いただきありがとうございます。
これまでの縄文文化に関する論考は、熱心に聞きにきてくれた皆様のお力添えのお蔭です。加えて、リスナーが別のところで発表したものは、拙稿を正確に詳細に理解するものであり、大きな励みになります。

縄文人の発見した百八十度の反転文様
振り返ってみると、縄文人の発見した百八十度の反転文様に気づいたのは、二人のNさんから八ヶ岳南西麓の井戸尻遺跡で行われるイベントへの参加を打診された数日間でした。その野外セミナーの原稿を思索する中で生まれてきました。
縄文人の発見した百八十度の反転文様は、霧に包まれていた部分を払拭し、明快に勾玉と鏡の結びつき、そして三種の神器を解き明かしてくれました。皆さんに同行した井戸尻の大滝神社では、灯篭に灯したローソクの炎に宝珠形を見ました。これも大発見です。

経津主神と饒速日命
物部氏の祖、饒速日の正体が明らかになりました。饒速日命は天磐船(あまのいわふね)に乗って大和三山地方へ降臨しています。一方、イザナギが十握剣でカグツチを斬って生まれた天の安河の傍らの「磐石(いはむら)」は香取神宮に祭られる経津主神(ふつぬしのかみ)の祖とされています。この経津主神は建御雷神とともに出雲国へ出かけ大国主と国譲りの交渉をしています。
饒速日命と経津主神は、天磐船/磐石でつながっています。天磐船/磐石は、大規模な火を焚く場所であったと考えられます。つまり、わが国古代における測量の事跡はその中に隠されているのです。このような推論は、饒速日の降臨した東の地には、大和三山による二等辺三角形があります。

一方、経津主の降臨した出雲には、出雲大社が存在しています。この出雲大社は伊勢神宮外宮と香取神宮を結ぶ日本列島にまたがる巨大二等辺三角形を形づくっています。大和三山による二等辺三角形と出雲大社―伊勢神宮外宮―香取神宮を結ぶ日本列島にまたがる巨大二等辺三角形は、測量によって形成されています。

饒速日命と経津主神は、火/磐座/測量/神つくりに示される図式で密接に結ばれているのです。
饒速日命の論考も、蔭のリスナーの力添えの結果生まれたものです。考えるタイミングが不思議とかみ合っているのです。

日本の国号としめ縄の「二本撚り」の関係
縄文人が発見した百八十度の反転文様は、しめ縄の基本形です。このしめ縄の基本形は縄文土器の縄目文様の基本形でもあります。それは今からおよそ12000年前に編みだされています。しめ縄文化は日本文化の基層部分に横たわっていると考えられます。そのしめ縄の形にみる「隣り合わせの存在」に「相手の存在を絶対的に必要とする」理念、すなわち、共生の思想を見いだすことができます。
この共生の思想は、縄文時代以来、自然との共生の中に培われてきました。共生の思想は、「和」の精神をもっています。ここに私は日本人のアイデンティティを見いだします。2本撚りのしめ縄は「日本」の国号につながります。これに対し即座に「しめ縄には三本撚りもあります」という反論がありました。しかし、日本という漢字表記に適合するものは「二本撚り」です。

〔縄文人の思考法に学ぼう〕
トポロジーの視点をもてば、それまで見えなかったものが見えるようになり、わからなかったことがわかるようになります

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