輪と和

相手の存在を認めること、そこには「わ」、「輪=和」があります。
 民主党の鳩山由紀夫氏は、その代表就任に際して、「友愛の理念」をもって政治を行ないたいと演説しました。これに対し、自民党の大島国対委員長は「友愛と抽象的に言われても具体的なものが見えてこない」とコメントしていました。
 大島氏は何を勘違いされているのでしょうか。鳩山氏のいう「友愛の理念」は、抽象的であるからこそ、真の意味があるのです。テレビであるコメンテーターは「自由・平等・博愛」はフランス革命のスローガンで、鳩山氏はそれを意識されて言ったものではないか、と述べていました。
スローガンは具体的である必要性はありません。すなわち、大島委員長の発言は、単に相手を非難する意味で発言していたことがわかります。

 昨年の11月ごろ、私は民主党愛知県連本部の人に民主党のシンボル・マークの意味をお尋ねしたことがあります。県連の人は、「あのマークには和の精神があります」と説明されていました。私が「今のままでは二つの円の重なる部分が少ないから、それらをずらして重なる部分が大きくなるように変え、同時にその融和の意味を改めて国民に向けて説明されたらどうですか」と伝えました。
 これに対して県連の人は「………」無言でした。口先だけで多くの国民を引っ張ることは無理です。今一度、政治家の皆さん、「誰のための政治を何のために行うのか」、その根本理念を確立していただきたいと思います。自民党の大島さん、政治家にとって、「理念」は必要ですよ。政治家にとって、それは国の憲法と同じ意味をもっています。理念なきところに高潔な政治は存在しません。
理念を忘れた現代の政治家たち、今一度、私たちの先祖が培ってきた「和の精神」に立ち戻り、今までの考え方を反省していただきたいと思います。
 民主党の皆さん、二つの輪(円形)が大きく重なり合うシンボルは、すでに弥生人が創り出しています。それは銅鐸の眼形に表われています。さらに、この眼形は縄文時代の勾玉に、その淵源を求めることができます。
 高尚な理念は何千年、いや何万年も引き継がれて行くはずです。自民党と民主党、そのほかの政党の皆さん、理念なき戦いではなく、高い理念を掲げ、それを踏まえて政策論争を展開し実行していただきたいと願っております。

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