コノハナノサクヤヒメ

コノハナノサクヤヒメ(木花開耶姫・木花之佐久夜毘売)
昨日(2009.10.1)、あるテレビ番組で「天孫とコノハナノサクヤヒメ」というタイトルを見た。女性アナウンサーが質問し、どこかの学校の先生が、その質問に答えるという形式とっていました。
印象に残ったことは、大山祇神(オオヤマツミノカミ)には二人の娘がおり、天孫(ニニギノミコト)が結婚相手に選んだのは妹のコノハナノサクヤヒメであった。妹は大変美しく綺麗な女性であった、と繰り返し強調していたところです。いっぽう姉のイワナガヒメは醜かった。これによって、人の命は木の花のように散り永遠ではなく短命に終わるのだ、というものでした。

 男性の先生が語る内容は『古事記』と『日本書紀』に書かれるものの口語訳そのものでした。新説を期待したのは期待はずれでした。
 山には岩があります。大きな岩があり、これから「磐石=極めて堅固なこと」という言葉さえ生れています。
その形はまとまりがなく尖っていたり穴があったりし整っていません。自然の風景の岩山は美しいものもありますが、山に咲くさくらに比べれば醜いといわれても仕方がないでしょう。
 一方、さくらの花の先のM型をもつ五花弁はきちんとして国の木とされ、春になると花見といえば、さくらを意味します。
 ところで、さきの解説者はコノハナノサクヤヒメは桜であると言っていましたが、いつごろからそういわれるようになったのか、状況証拠とともにその年代を示していただかないと困ります。
 『記・紀』編者はイワナガヒメとコノハナノサクヤヒメの姿、形を非常に気にかけながら記述しています。山の岩の中には黒耀石があり、旧石器人・新石器人は、この黒耀石など岩石を加工して、鏃・石槍・石斧などを使い狩猟を行っていました。また、ヒスイ製の勾玉は有名です。
 『記・紀』は、イワナガヒメとコノハナノサクヤヒメを姉妹としています。親は大山祇神です。なぜでしょうか。姉妹は血のつながりがあります。つまり、イワナガヒメとコノハナノサクヤヒメを姉妹には共通点があるということです。では、その共通点は何でしょうか。
 それは、『記・紀』が強調した「美・醜」の対比に隠されています。さくらの花に限らず花は、たとえば五花弁、六花弁、八花弁、そして時計草の花のように十花弁のものなどがあり、ロゼット様に整然とした形をしています。そこに美を発見できます。
 花の形は多くのものの基本形は楕円形であり、それに凹凸やギザギザなどが表われています。イチョウの葉に見る双曲形はめずらしいものです。
 鏃・石槍・石斧などは、細長い楕円形が主体ですが、不規則な凹凸をもっています。
 以上のように考えてくると、『記・紀』の記述するところによく符合していることがわかります。私は、『記・紀』が書く南九州のニニギノミコトの話は、縄文~弥生時代を想定しているのではないかと考えております。
イワナガヒメの正体は、双曲図形・楕円図形をもつ鏃・石槍・石斧などの石器類であり、コノハナノサクヤヒメの正体は、図1・2・3に示すものと考えられます。したがって、この時のニニギノミコトは瓊瓊杵尊、すなわち「瓊瓊」1個の大珠形と1個の勾玉形、つまり相対図形の素粒子 )形の神格をもつものであると推定されます。

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