メビウスの帯

 メビウスの帯は、1858年にドイツのメビウスという人が発見したということが、世界的に定説になっています。しかし、わが国の縄文人はメビウスの帯の存在を知っていたと思います。東京都青梅市寺改戸遺跡出土の注口土器(縄文後期)に描かれるものはメビウスの帯であると考えています。青森県の縄文学者からは「検証できない」と一蹴されました。検証とは、それを裏づける文献史料か、状況証拠の積み重ねしかありません。否定する学者は「存在しないこと」の証明をする必要がないことを承知して「検証できない」と言っているのです。
 レオナルド・ダビンチは視点の移動によるカタチが変化する構図を描いていました。これは一つの形の上に二つのカタチをもつ図ということができます。メビウスの帯の表と裏の区別のつかない現象はこれに該当します。

 このようなことをなぜ書くかといえば、『古事記』と『日本書紀』という歴史書が一つ表記に二つ以上の意味をもっている可能性があり、その『記・紀』が縄文人がメビウスの帯と同じ意味を知っていたことを書いていると考えるからです。このことは荒唐無稽な話ではありません。
 その検証に成功すれば、ドイツのメビウスよりも一万年も先行してわが国の縄文人は、①180度の反転、②両性具有、③連続性という三つの条件を備えたメビウスの帯とまったく同じ現象に気づいていたということになります。この研究成果は近日中に発表するつもりです。
 インターネットがなければ、ロバチェフスキーやボヤイが世間から迫害を受けたように総攻撃を受けるかもしれません。

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