縄文の大賢人

縄文の大賢人は、双曲図形/)(形と楕円図形/()形 の意味を知っていました。私たちは小学校から高校までの間に、「円形と正方形が相対関係」におかれていることを学習したでしょうか。私自身はまったく記憶にありません。円形は曲線図形であり、正方形は直線図形ですが、この曲線と直線の違いを使って相対関係を証明することはできません。楕円形や長方形など、いろいろなカタチがあるからです。円形と正方形の相対関係を証明するには、双曲図形/)(形と楕円図形/()形 を援用することが求められます。このことを縄文時代草創期の縄文人は、知っていたと考えられます。()形をもつ土器(豆粒文土器)を今からおよそ12000年前に作っていました。ヨコ並びの眼形()形を描くと、必然的にそのとなりに双曲図形/)(形が存在しています。このような関係から、双曲図形/)(形と楕円図形/()形 は、円形と正方形という新しいカタチを作りだします。つまり、双曲幾何・楕円幾何は、円形と正方形に先行するカタチということができるでしょう。現代の数学者でさえ見逃してきた円形と正方形の相対関係をわが国の縄文時代草創期の縄文人は、気づいていたのです。気づいていたからこそ、豆粒文土器を作ったといえるでしょう。この幾何学は瑣末なことではありません。幾何学の第一ボタンに相当します。それだけの知識をもっていたのですから、「縄文の大賢人」が実在していたという仮説を立てたとしてもおかしくはありません。私自身が縄文の大賢人であり得るわけがありません。円形と正方形は、天地の意味が与えられ、弥生時代後期には円墳・方墳として、歴史の前面に登場してきます。

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