何でも中国に依る歴史学者

陰陽五行思想といえば、中国思想と思っている方は、アマチュア・プロを含んでほとんどではないかと思います。私は縄文文明を調べて、その考えは、根底から崩壊すると確信しました。そのわけは、陰陽思想とはどのような考え方をもっているかという根拠が、わが国の歴史の中に残されています。それは、その思想が発想された時のものでないと意味がありません。

陰陽思想が生れ各地へ伝えられ、その後にそれを基本に考え方を発展させる人の存在が考えられるからです。たとえ中国思想であるば、キリスト教はユダヤ教をもとに新たに教義が考えられたと言われております。この陰陽思想は、わが国にとって極めて重大な問題です。日本の歴史学をはじめとして、ほとんどのひとが、その発祥地は中国であると思っていることです。思い込んでいると言った方がいいかも知れません。

昨日(2016年7月1日午後20時)、NHKテレビ「歴史秘話ヒストリア古代史ミステリー」という番組の中で、元同志社大学教授で古代史家の辰巳和弘氏は、中国で生れた陰陽思想や不老長生の神仙思想に基づき、前方後円墳は壺形をモデルに造られたものである、とのべていました。つまり、前方後円墳は、不老長生の神仙思想に基づくユートピアをその壺形に構想したものである、というわけです。

NHK の番組は、壺形を説明する中で、東王父・西王母を持ち出し、「東の海中の三神山」(添付写真参照)を大和第五様式の長頸壺にすり替えていました。東王父・西王母の座る三神山は、)(形/双曲幾何です。この)(形を長頸壺(添付写真参照)に変えてしまったのです。これは明らかにやってはならないことです。双曲幾何/)(形と楕円幾何/()形 は、性質は同じですが、異形の関係にあります。置き換えるならば、それなりの論理が必要になります。

辰巳和弘氏は、わが国の『古事記』、『日本書紀』が、天地と陰陽を明確に区別して書いていることをご存じでしょうか。また、周髀算経』が、正方形の数もっとも規準となるものでであり、正方形に基づいて円の形が導きだせます。と書かれていることをご存じでしょうか。『周髀算経』の正方形から円形が導かれるものであることは、確かですが、その順序は正方形→円形となっています。『古事記』、『日本書紀』の天地開闢神話は、天が先に生じ、その後に地が生じたとなっています。天=円、地=正方形にそれぞれ対応します。つまり、円形→正方形というのがわが国の考え方です。縄文人は双曲幾何/)(形と楕円幾何/()形 から正六角形や正八角形を導く方法を知っていました。幾何学において、正多角形の前に、円形っと双曲幾何/)(形と楕円幾何/()形 が存在するというのが公理というべき法則です。これを縄文土器や土偶、文様から証明することができます。すなわち、日本列島の縄文人は中国大陸の文明より5000年以上先行していたことは間違いありません。天円地方説や陰陽思想の発祥地は日本列島です。

辰巳和弘氏の前方後円墳の起源は壺形にあるという考え方は、起源説を構築する上で「壺は母胎である」という概念に照応してはじめて生きるものであって、「不老長生のユートピア」は的外れの憶測でしかありません。定型化された前方後円墳には一言も触れていませんでしたが、このパターンは前方部の二つの角度に正多角形に特徴的な角度が表現された前方後円墳が顕著にみられます。この前方部の正多角形に特徴的な二つの角度の意味することに対し、辰巳和弘氏は答えを用意できるでしょうか。できない場合は、起源説としての「壺形説」は成立しません。最後に、なんでも説明できないことを「中国思想によれば」ということばを使わないようにしていただきたいと願うものです。

 

 

 

 

なんでも、たとえば、どちらかを表とし、その反対側を裏に比定し、その銅鐸の表裏に描かれる絵画や文様に対し、陰陽を照合した論述を展開しています。銅鐸の表裏に描かれる絵画や文様に対し単純に陰陽思想を援用することはできません。なぜなら、それらに「同質でありながら、異形の二者の合体によって新しい生命が生れる」に示される条件に適合するかどうかを、検証をさきに行うことが求められるからです。常識的な論理を欠いていてはあとが続きません。

 

コメントは受け付けていません。