学者はアマチュア研究者の論文を絶対に認めない、という意見があります。あなたはどうお考えですか?

 

「縄文人の生命の花」梗概

はじめに

  小林達雄・八重樫純樹両氏をはじめとする第一線級の縄文学者が、その縄文研究の分野で大きな挫折に直面されていました。これはただごとではありません。大変な事態です。当事者の一人である小林達雄氏は、縄文人の作った土偶に織り込められた思想を読み取る「有効な方法論」がないと、つぎのように吐露しています。

 

土偶の観念技術の具体的な内容を把握することは困難である。しかも努力を

重ねさえすればその困難を克服して、いずれは正体を明かすことができるという期待も容易ではないのだ。それが縄文人の世界観にかかわるからであり、いまの我々にとっては縄文人の物質文化から世界観を理解することは到底なし難いことなのである。努力があればよいというものではなく、少なくとも現代では、その異次元に踏み入る有効な方法論がないのだ。

 

これに対し、磯前順一氏は、その著『記紀神話と考古学』「第四章 土偶論の視座」(角川学芸出版、二〇〇九)の中で、つぎのようにのべています。

 

従来の型式研究から宗教観念を探ろうとする試みが座礁したことが明らかな以上、問われるべきは、どのようなかたちで型式から観念を探るべきなのか、その問いの立てかたを吟味することであり、同時に型式研究とは一対何なのか、型式の内実をきちんと検討することなのである。

 

磯前氏の発言からすでに7年が経過しています。しかし、縄文人の物質文化か

ら世界観を導き出すことは実現されていません。私は、縄文人の作った土器や土偶を自然界の動植物に照合し、これまで誰も行うことがなかった、下記に宮崎興二ののべるところを踏まえて、カタチの視点から縄文人の思考方法を探ることが有効ではないかと考えました。

 

図形で一番重要なかたち

宮崎興二氏(元京都大学教授)は、「もののかたち」について、つぎのようにのべています。

 

  「初めに言葉ありき」(新約聖書)とか「宇宙のすべては数でできている」(ピ 

 タゴラス)などといわれるが、それよりもっと前に、この世のすべてのものは動

 物も植物も鉱物もかたちを持ち、そのかたちに人間の知恵が加わって生れたの

 が言葉や数字であり、それらが総合されながらわれわれ人間の文化や科学は育

 まれ伝えられてきた。したがって、かたちの文化やかたちの科学を知ることは

 人間の文化や科学の根幹を知ることにもつながる。

 

 宮崎興二氏がのべるように、縄文人は、言葉や文字に優るカタチの存在に世界で最初に気づいていたといえます。縄文人は、およそ今から12000年前に双曲幾何/)(形と楕円幾何/()形の図形概念をもっていました。これを証明するものが、長崎県佐世保市泉福寺洞窟遺跡から出土した豆粒文土器です。この土器は柿のタネ状の()形の粘土粒が数多く貼りつけられています。)(形と()形は、シンプルな不思議な関係におかれています。その関係とは()形をヨコ並びに描くと、必然的に)(形が生じます。この図形現象は、瑣末に見えますが、この双曲幾何/)(形と楕円幾何/()形の存在が、円形と正方形の相対関係を生みだしているのです。幾何学上もっとも根源となる図形現象であるといっても過言ではありません。

 

 双曲幾何/)(形と楕円幾何/()形の基本形は、) 形です(これを相対図形の素粒子と名づけました)。この双曲幾何と楕円幾何は、幾何学の根源的存在です。

㋐ 相対図形の素粒子)形は両性具有の現象をもち、

㋑ 相対図形の素粒子)形の180度の反転によって、双曲幾何/)(形と楕円幾何/

 ()形が生じ、らせん形が生じます。

㋒ らせん形は無限の継続性をもっています。森羅万象、この継続性が大事です。

 二重らせん構造は、もっともシンプルなかたちです。

 縄文人は、世界に先駆けて、この二重らせん構造の性質と意味に気づいておりました。右の双曲幾何/)(形と楕円幾何/()形がユークリッド幾何に先行するものであり、円形と正方形の相対関係を生みだすことは、現代の数学において検証されておりません。

縄文人は「二本撚りのしめ縄と絡条体」といわれる施文具を使って土器に文様を施していました。施文具である「二本撚りのしめ縄と絡条体」は、二重らせん構造とメビウスの帯と形状の上で類比的に結ぶことができます。

 上記の土器文様は、三次元の二次元化によるカタチです。この次元変換は、

現代にいうトポロジー(位相幾何学)そのものです。狩猟・漁労・採集生活をおくっていた縄文人が、そのような高度な幾何学を知っていたとは、とても考えられない、と決めつけられる方が多いと思いますが、縄文人が生きて行くための生活の場所は、森・川・海・山など大自然であり、そこに棲息する樹木や魚、昆虫、動物、黒曜石などは、双曲幾何・楕円幾何で埋め尽くされています。桃の種に発見される宝珠形や眼形は、木の葉や魚に現れております。

 さきに引用した宮崎興二氏が指摘するとおり、大自然のカタチに優るものはありません。縄文人は、大自然との共生の中で、幾何学を学んだものと考えられます。このような縄文人の一万年にわたって続いた歴史こそ、世界へ発信すべき人類の行き先を示しています。その中でもっとも重要なことは「大自然との共生」であり、「完璧な和の精神」です。

 

宝珠形と眼形をもつ桃の種

2009年に確認された奈良県桜井市の纏向遺跡の大型建物跡(3世紀前半)の至近距離から2700余個の桃の種が発見され、新聞各紙で大きく報道されました。この「桃の種」に関しての論評は、ほとんど各紙共通に「桃は古代中国の神仙思想で邪気を払い、不老長寿を招くとされ、何らかの祭祀に使われたものと考えられる」という考古学者の意見を載せていました。

 

 このようにわが国の歴史学者、考古学者は、邪馬台国論争を典型に何でも中国思想に根拠を求める傾向が大勢を占めています。他方、縄文時代の土器や土偶の造形、およびそれらに描かれる文様に対して、フランスのレヴィ・ストロースをはじめとする多くの世界の考古学者、歴史学者は、「縄文人の造形力に優るものを他の文明をもつ民族に探すことはできない」と縄文人の造形力を高く評価されています。何でも中国に起源を求め、何でも中国思想に基づく歴史観からはじまるわが国のアカデミズムとは、真逆になっています。

 ところで、2700余個の桃の種は、なぜ大切に保管されていたのでしょうか。私は桃の種を正面から見ると宝珠形/()、側面から見ると眼形/ ()であることがわかります。このようにカタチの視点から見ると、これまでわからなかったことがわかるようになります。その一つは、縄文人が土器に描いていた眼形やらせん形・渦巻文に共通するカタチである )形です。これを相対図形の素粒子と名づけました。

  この )形の型式学的研究は、天羽利夫、稲野彰子両氏が行っています。両氏の研究された土版や岩版の図を見ると、

  1. ヨコ並びの眼形
  2. 双曲幾何/)(形と楕円幾何/()形
  3. 渦巻文

が描かれています。天羽利夫、稲野彰子両氏は型式学的研究に終始し、縄文人が、なぜこのようなカタチを描いたのか、については言及されていません。

 

○形と□形の関係

  特筆すべきことは、双曲幾何/)(形と楕円幾何/()形から、正多角形の図形が生れ、また円形/○形と正方形/□形が相対関係におかれていることを知っていたということです。換言すれば、㋐)(形・()形と㋑正多角形、㋒○形・□形の三者は、それぞれが密接な幾何学的関係をもっていることを縄文人が確実に知っていたということができます。このような関係に基づく幾何学を現代の数学者は検証しておりません。○形と□形は小学生でも知っているかたちですが、この○形と□形が相対関係にあることを証明した数学者は、これまでに誰一人としていません。

幾何学を専攻する東京大学や京都大学の教授に、「円形/○形と正方形/□形の相対関係を証明できますか」と尋ねたら、「わかりません」、あるいは「……………」無言の返事が返ってくるはずです。こう断言できるのは、✦形と ◆ 形の存在に気づいていないからです。つまり、現代の私たちが学んでいる幾何学は、縄文人が気づいていた双曲幾何/)(形と楕円幾何/()形を履修することがなかったから証明できないのです。

実は、この「双曲幾何/)(形と楕円幾何/()」が幾何学の始りと言っても過言ではないほど重要なカタチであるということです。双曲幾何/)(形と楕円幾何/()形を応用しないかぎり、「円形/○形と正方形/□形の相対関係」を証明することはできません。これは幾何学上の一つの重大な発見といえるでしょう。

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