異なる両眼は何を物語るのか

 図1に見る人面把手付土器(じんめんはしゅつきどき)の両眼は、左右のカタチが違っています。これに関してネリー・ナウマン氏は、次のように書いています。
 筆者の知見では、容易にわかるにもかかわらず、藤内遺跡土偶の著しい特徴を指摘した者はこれまで一人もいないようである。それは両眼のちがいである。形状は同じに見えるものの、右目が開き、涙を示す二本線が出ている左目は多少閉じた感じがする。相違が偶然ではなく意図されたものであることは、偶然とか未熟さが入り込む余地のないその他若干の事例でわかる。(中略)

 東京都二宮森腰(にのみやもりこし)遺跡において発見された一個の土器口縁頭部(本稿では図1ⓐ)では、垂直の三日月形の開口が右目と交差しており、左目はふつうのアーモンド形の開口である。東京都屋敷山(やしきやま)遺跡でも、おなじ種類の開口と左目が交差している土器口縁頭部が発見された(本稿では図1ⓑ)。この場合、右目は太い隆帯で縁取られた丸い開口となっている。それ以上に太い隆帯が右目だけを取り囲んで眉を作り、鼻となって終わる。上川名氏(1988・222f)、また吉本および渡辺氏は(1994・37)、潰された目であるという意見である。神奈川県青ヶ台遺跡から出土した土器口縁頭部の左目はふつうのアーモンド形であっても縦向きで、右目を円形の刻線で示す(本稿では図1ⓒ)。前述した土偶と同様に、以上の土器口縁頭部はいずれも、縄文時代中期の勝板式土器のものである。交差した目やある種の目の奇形、また左右の目の相違には例外なく何らかの隠された意味があるにちがいない。

 ネリー・ナウマン氏は、土偶や人面把手付土器の口縁頭部の人面の両眼を観察し、藤内遺跡の少女土偶に現われている精細な両眼の相違を指摘しています。少女土偶や猫目の三本指の土偶では、「本当に異なる両眼を作る意図があったのか」なお疑念が残るというが、図1の存在は、そのような疑念も不可能であるとしています。
 図1に見る縄文時代中期の勝板式土器口縁頭部の両眼をナウマン氏は、アーモンド形と円形、そして交差した目に分類し、「交差した目やある種の目の奇形、また左右の目の相違には例外なく何らかの隠された意味があるにちがいない」と述べています。ナウマン氏のいう「何らかの隠された意味」を、私たちは知りたいわけです。
 図1のⓐとⓑは、開いた目(=明)と閉じた目(=闇)を表していると捉えることができます。これに明暗の相対性を読み取れます。ナウマン氏のいう図1ⓒの異なった目にアーモンド形に対し、私は宝珠形と呼びたいと思います。青ヶ台貝塚の両眼に宝珠形と円形を想定すれば、ともに縄文人が発見した相対図形の素粒子「)」で説明することができます。つまり、目のカタチは、相対性と生命誕生に関わる「)」形をもっていることになります。
このような解釈は、『記・紀』のアマテラス・ツクヨミ・スサノヲの誕生の話が、なぜ語られるのかにつながって行きます。
 太陽と月の光は、森の木漏れ日や雲の間から差し込む光線、山の巨岩の隙間から差し込む光の筋、暗闇の洞窟に差し込む光によって、その存在を強く認識することができます。
・太陽=アマテラス
・月=ツクヨミ
と等式で結ぶと目で見る光、つまり、アマテラスとツクヨミは目から生れたとする『記・紀』の記述がよく理解されてきます。
 他方、スサノヲについて『記・紀』は、イザナギから「海原を知らせ」・「常に哭き泣つるを以て行とす」
と書きています。わが国の古代人は海原は青海波で表現し、海や川は、海鳴り・潮騒・滝の音・せせらぎの音など常に音を出しています。水琴窟に象徴されるように水と音を結ぶことができます。音といえば、風があります。風も音に象徴されます。音は耳に結ぶことができます。縄文人の描く耳のカタチは 「)」形です。目と耳の解釈が揃いました。残るは鼻です。『古事記』は、次のように書いています。

 是に左の御目を洗ひたまふ時、成れる神の名は、天照大御神。次に右の御目を洗ひたまふ時、成れる神の名は、月読命。次に御鼻を洗ひたまふ時、成れる神の名は、建速須佐之男命。」

鼻から左右の眉にかけての線「)」形は、土偶に意識的に描かれています。この「)」形は、目と耳に同じく相対図形の素粒子「)」形をもっています。
1 目は物を見て、そして光を感じます。
2 耳は音を聞き分けます。
3 鼻は臭いを嗅ぎ、空気を吸い、はきます。
 縄文人は、このような三つの器官が、それぞれ相対図形の素粒子「)」形をもっていることに気づいていたと考えられます。それは耳・鼻・目のカタチを粘土で作り、土偶、人面把手付土器の上に表現しているところに示されています。相対図形の素粒子「 )」形は、人間や動物の爪にも表れています。

縄文人は、太陽と火と水に対し相対図形の素粒子「)」形を共通の要素として把握していたと考えられます。太陽の部分日食・皆既日食、月の満ち欠けは、「)」形、つまり、双曲図形・楕円図形をもっています。水は蓮の葉の上では水玉をつくり、自由に形を変えます。
 縄文人がこのような双曲図形と楕円図形に気づいたのは、燃える火の観察から始まっていたと考えられます。
 縄文人はただ単に食物の煮沸や土器づくりの火の利用だけではなく、「なぜ、火は媒介者的な機能をもっているのか」という、科学的な考察を同時に行なっていたと考えられます。そして、その結論を相対図形の素粒子「 )」形に結んでいたものと思い増す。

〔縄文人の思考法に学ぼう〕
双曲図形と楕円図形=相対概念をもてば、これまで見えなかったものが見えるようになり、わからなかったことがわかるようになります。

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