縄文人の偉大な発見と重大な発明 [その2]

土器を発明したのは縄文人です―物証があります―
 また、方形平底と円形丸底の土器の関係もよくわかりません。小林氏は、円(円形)と方(正方形)が相対関係をもっていることをご存知でしょうか(図参照)。相対概念を導入しない限り両者の核心に触れることはできないでしょう。
 また、この円形と方形に関して、円形丸底土器を作るより方形平底土器の形をバランスよく作ることは、陶芸家や実験考古学者の証言があり、はなはだ難しいと述べています。
 右のカタチの土器を作った縄文草創期の縄文人がろくろを使っていたならば、陶芸家や実験考古学者の証言どおりでしょう。しかし、輪積法、ろくろを使う土器づくりは、ずっと後世の技法といわれております。

 方形平底土器を作るには粘土を平にして、図に見るように切り取り貼り合わせれば簡単に作ることができます。円形丸底を作るより至極簡単なはずです。さきの陶芸家や実験考古学者の発言は、ろくろを前提においたものと推測されます。ただ小林氏が円形丸底土器と方形平底土器を対比したのは慧眼と思います。
 また、小林氏は「縄文土器は、その当初から食物の煮炊き用として作られてきたものである」として、縄文前期は「縄文土器が、ナベ・カマのような煮炊き機能一点張りの歴史から、用途の多様化が図られるにいたったという画期的な発展である」と述べています。
 小林氏がその画期的な発展が土器に描かれる文様に基づくものであることは「土器の文様も、単なる装飾のみを目的としたものばかりでなく、特別な意味を帯びたモチーフが出現し始めるのも、この第三期「発展の時代」の重要なところである」と書くところにあきらかです(前掲書三八ページ)。
 縄文人にとって文様は、小林氏のいう装飾的効果を考えていたかもしれないし、考えていなかったかもしれません。縄文人が文様に、土器づくりとともに魂をこめて描いていたことだけは確かだと思います。豆粒文をもつ土器の存在が貴重な証拠です(長崎県佐世保市泉福寺洞窟遺跡出土)。泉福寺洞窟遺跡の豆粒文土器に描かれる豆粒文(=眼形)は、シンプルの形の上に多くの情報量をもつ文様です。土器に貼りつけられた豆粒文はバラバラで装飾性を感じとることはできません。眼形が特別な意味をもつことを知っていたから口縁部付近に造形していたものと考えられます。以上のように解釈すべきだと思います。
[その3]へつづく

〔縄文人の思考法に学ぼう〕
双曲図形と楕円図形=相対概念をもてば、これまで見えなかったものが見えるようになり、わからなかったことがわかるようになります。

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