縄文人の偉大な発見と重大な発明 [その3]

 世界で初めての土器を作ったのは、縄文人です。この土器づくりは、火の発見・使用に継ぐもっとも重要な発明の一つといわれております。
 縄文人が相対図形の素粒子)形のカタチを発見し、その意味に気づいていたことを証明する物的証拠があります。それは長崎県佐世保市の泉福寺洞窟遺跡から出土した豆粒文土器です。豆粒文土器本体のカタチとそれに貼りつけられた豆粒文(=眼形)がその証拠です。土器本体のカタチは図6の点線部分をつけ加えれば眼形に酷似した形になります。

 「思想を形で表す」もっともシンプルなカタチは眼形です。この眼形は相対性をもっています。この相対性という表現は抽象的です。より具体的にいえば、次のようになります。
 同質でありながら異形の二者の合体によって新しいカタチ が生まれる
・同質でありながら異形の二者は )形と( 形です。
 この二者の合体によって生じる新しいカタチは眼形ということになります。この意味は生命誕生の原理に適っています。すなわち、眼形は「思想を形で表す」もう一つの言語ということになります。
 これを発見していたからこそ豆粒文土器が生れたわけです。この豆粒文土器よりも3000年ほど古い土器が発見されていますが、豆粒文が貼りつけてられている意味は極めて重要な意味があります。古今東西、壺・甕は生命を宿す母胎と考えられてきました。つまり、それは相対性をもつカタチから生みだされているのです。1万3500年前、泉福寺洞窟遺跡には、眼形に生命誕生の原理を読み取っていた大賢人がいたと推定されます。
縄文人の発明した土器と豆粒文(=眼形)に織りこめられたことは、
① 生命誕生の原理
② 食物の煮炊きに利用した
縄文人は、この二つを同時に考え作っていたと考えられます。私は、土器づくりの理念が少し先行していたと考えております。

【小林達雄氏に問う】
1 籠をモデルに縄文土器が作られたとすれば、円形丸底、方形平底はなぜ作られたのですか。
2 籠をモデルに縄文土器が作られたとすれば、尖底土器は何を意味しているのですか。
3 籠をモデルに縄文土器が作られたとすれば、豆粒文、隆起線文、爪形文はどのようにつながっているのですか。
4 籠をモデルに縄文土器が作られたとすれば、縄文終末期の多縄文系土器様式に出現する菱形と編籠はカタチの類似のつながりだけですか。

〔縄文人の思考法に学ぼう〕
双曲図形と楕円図形=相対概念をもてば、これまで見えなかったものが見えるようになり、わからなかったことがわかるようになります。

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