渦巻きについて


 ネリー・ナウマン氏は、その著『生の緒(いきのを)』のなかで、
  おそらく渦巻きは、縄文時代を通じて土偶や土器に見られるもっとも一般的な象徴であろう。本論はすでに、渦巻きが運動を、より精確には天体の運動ないし公転を表すことを指摘しておいた。とはいえ、少しばかり補足を加えるのも有益かもしれない。
  ルルカーは、渦巻きが循環運動(太陽、月)あるいは展開(増大と減衰)に通じる象徴だと考えている(『シンボル辞典』)。初期の地中海文化のものである女性像の陰部ちかくにある渦巻きを指摘して、それが件の文化では生の進展の象徴にちがいないとした。その一方ブッターヴォルトは(1970:129)、より繊細な脈絡において渦巻きが有するかもしれない深い意味を明らかにしている。「この箇所は、天地万物の種子ないし胚芽たるビンドゥbinduを表している。ビンドゥはヴァジュラの本源である。真ん中から展開するその渦巻きは、生長して識蔵界全体と化すというビンドゥの潜在的能力を象徴するものだ。」さらにブッターヴォルトは、「反復して現れる二重の渦巻きは世界の周期的な破壊と復活の表現であろう」と指摘してその考察を結んでいる(butterworth1970:137)
 以上を読んで思うことは、ネリー・ナウマン女史をはじめとしてすべての研究者は、渦巻きという形態を観察し、それから得られる状況的な意味と連想される天体などを想像しているところです。ただブッターヴォルトの「天地万物の種子ないし胚芽たるビンドゥbinduを表している」は興味を引かれるが、渦巻きのどの部分に「種子ないし胚芽」との類似性があるのかは示されていない。
 ネリー・ナウマン氏は、日本の縄文研究者です。日本列島で渦巻文が現れたのは縄文中期ごろです。ナウマン氏が引く「初期の地中海文化のものである女性像の陰部ちかくにある渦巻き」は何千年も年代が下がるはずです。チグリス・ユーフラティス河流域のハラフ文化(約今から八千年前)において渦巻文は出現していません。ひょうたん形、およびらせん形でとまっています。
 渦巻きを語るには、それに先行して現れるらせん形について考察することがまず求められます。これを欠くと渦巻きは①循環運動をもっている、②増大と減衰、③想像、による解釈を与えることになってしまいます。渦巻文は、らせん形とは違った特徴をもっていることは各氏が指摘される①循環運動、②増大と減衰であることに異論はありません。②の②増大と減衰、私は拡張と収縮と表現してきましたが、これは正逆S字渦文に表れています。問題は①の循環運動です。これをいきなり太陽と月の回転運動にもっていってしまうのは飛躍していると思います。なぜ、それに循環運動を読み取れるのでしょうか、②に見る拡張から収縮へ、収縮から拡張へのメカニズムが何によって(いかなるカタチ)によって達成されているかを明示しなければなりません。この作業を行なわないと説得力をもちません。渦巻きの循環運動を作り出しているカタチは  形です。すなわち180度の反転です。ものごと(物理的運動)において、向きをかえるには大きなエネルギーを必要とします。新石器人が行なっていた発火法を思い出していただければ、そのことがよくわかります。つまり180度の反転によって大きなエネルギーが生み出されるのです。この連続する180度の反転をカタチで表すものがらせん形です。ここでもう一つの問題が起ります。それは一本のらせん形では安定性に欠けるということです。二本の縄を撚ることによって堅牢さが生れます。これはしめ縄の原理のひとつです。「相手の存在」を絶対的に必要とします。相対性の発見です。この相対性概念を見逃しては立論自体が危くなります。わが国には二本締め、3本締めのしめ縄が今なお神社に奉られております。
 縄文人はこの相対性をすでに一万三千年前に認識していました。それは豆粒文土器・隆起線文土器・爪形文土器によって証明されます。

縄文人と環状列石

 来年、2010年2月20日に東京で「縄文世界とストーンサークル」というフォーラムが開催されます。

 このフォーラムのメインパネラーに国学院大学名誉教授の小林達雄氏が指名されています。小林氏は著書の中でストーンサークルに対し太陽観測との関連性に触れています。小林達雄氏は日時計説と二至二分線説を考えているようです。

 これまでは大和岩雄氏が主導した二至二分線説に留まったままです。この考え方は稲作が行なわれた弥生時代においては説得力をもちますが、縄文時代に農耕との関連性を照応することには無理があります。
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出版記念講演会を終えて

 ささやかでしたが、nigoさんとナインマジックさん、参加いただいたみなさんのご協力を得て有意義なひとときを過ごすことができました。私の話をお聞きいただいた皆さんの真剣な目がいまでも脳裏に残っています。熱心にお聞きいただきありがとうございました。

 縄文人の発見した「)」形が、日本の雅楽を奏でる楽器「笙・シチリキ・琵琶・箏・和琴・太鼓・鉦鼓・鞨鼓・三ノ鼓・笏拍子」の形の上に、そして西洋のオーケストラを構成する「バイオリン・ビオラ・チェロ・コントラバス・チューバ・ホルン・トランペット・クラリネット・トロンボーン・フルート・オーボエ」の上に表われていることの指摘は、聴衆の皆さんの印象に残ったようでした。
)( 形(双曲図形)と()形(楕円図形)は、人間の心を癒す要素をもっていることを示していると思います。さらに驚くことは、これを縄文人が気づいていた可能性が高いということです。百歩譲って、わが国の古代人(『記・紀』編纂時代)が気づいていたことは間違いのないところでしょう。
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義経と弁慶は、なぜ京の五条の橋の上で出会ったのか

「箸・端・橋」ハシ談義
 インターネット「『東アジアの古代文化』の討論会のサイトで」「ハシ」の論議が行われていました。大変面白く興味不覚読ませていただきました。特に岡本吉弘さんの指摘は核心に触れているように思いました。森浩一氏は、かつて箸墓が造られた時代に箸なるものはなかったはずなのに、なぜ「箸墓」なのか、と疑問を投げかけています。
 私たちが日常的に使う箸は二本で食物を挟みその機能をはたします。端は普通、両端の言葉に示されるとおり二つあります。両端を結ぶことで紐や風呂敷などはその機能をはたします。橋は両岸を結び、いわゆる橋渡しをします。
 このように二つを結び一つの機能を生みだす根源はどのようなところに求めることができるのでしょうか。
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縄文人の発見した相対性原理

 相対図形の素粒子「)」形は、燃える炎の宝珠形に、そして、蓮の葉の上に落ちた水が丸くなり水玉を形成する現象に見ることができます。縄文人はこのようなカタチに現代人とは違った感性で観ていたと考えられます。蓮の葉の上で水玉になった水は、もう一つの相対図形の素粒子が180度反転し「(」形になり、最初の「)」形と合体して作られています。だからそのカタチは○形(球形を二次元の図形に見たカタチ)になっているのです。
 縄文土器は火と水に密接につながっています。土器は粘土に水を含ませて捏ねます。深鉢や甕、壺形を形成し、絡条体と撚紐と絡条体などで施文を施し、それを乾燥させたあとに野火の中で焼成します。このように実際的な土器づくりにおいて、水と火は深く関与しているのです。
 ところで、土器づくりにおいて、縄文人は思うがままに造形をしていたのでしょうか。そうでないことは、縄文遺跡や貝塚から出土する土器の形を見ればわかります。その造形の背景には深遠な造形理論というべき「思想を形で表わす」方法が存在していたと考えられます。
二番目の図に示すものが、その図解です。土器作りにおいて、まずひょうたん形に縦の中心線を想定します。これによって、正逆S字トンボが生じます。この正逆S字トンボを並行移動させると壺形や甕形、深鉢が生れます。つまり、正逆S字トンボは「同質でありながら異形の二者」に該当し、それらの合体によって新しいカタチが生まれているわけです。この経緯は生命誕生の原理に適合しています。

直線と曲線の関係
 もう少し正逆S字トンボを観察してみましょう。正逆S字トンボは巻き方の相違する二本の螺旋形と直線の組み合わせになっていることがわかります。二本の螺旋形は相対図形の素粒子「)」形が180度反転するカタチをもっています。このようなカタチは直線と曲線と表現することが可能です。この直線と曲線の関係が生じたのは、しめ縄状文様の基本形である眼形にその淵源を求めることが可能です。この眼形は日本における表現です。西洋のキリスト教ではヴェシカ・パイシスと呼んでいます。日本の眼形とキリスト教国のヴェシカ・パイシスに形とその意味に違いはありませんが、わが国の眼形はしめ縄状文様に変化しています。しめ縄状文様は連続性をもっています。
そして、このしめ縄状文様はもっともシンプルな形の中にもっとも多くの情報をもっています。また眼形は二つの同じ円形を重ねて描くことによって作図できますが、これを連続的に描いて行くと円接正六角形が生じます(図3・4)。これに、さきに述べた直線と曲線の密接な相対関係が生れているのです。直線と曲線は相即不離、断ち切ろうとしても切ることはできません。ここにおいても共生・共存の概念を読み取ることができます。
 わが縄文人は、このような幾何学を大自然の木の葉や花の形、カタツムりや貝殻のカタチに螺旋形を学び取っていたと考えられます。現代の私たちが小学校・中学校・高等学校で学ぶ幾何学とは違うものです。

六と八の関係
 正逆S字トンボは直線と曲線の関係をもっています。その曲線は相対図形の素粒子「)」形が基本になっています。この「)」形は双曲図形と楕円図形を同時にもっています。究極の相対図形ということができます。この性質をもつところから私は相対図形の素粒子と名づけたわけです。この相対図形の素粒子「)」形からしめ縄状文様、すなわち、現代の私たちがメビウスの帯と呼ぶ現象に象徴される「同質でありながら異形の二者の合体によって新しい生命が生まれる」という生命誕生の原理が生みだされるのです。いっぽう、円接正六角形に対峙する図形は円接正八角形です。この正八角形はピタゴラスの定理の図解となる弦図の中心に現われています。正八角形がピタゴラスの定理に結ばれることは双曲図形と楕円図形を180度の反転を繰り返すことによる二つのひょうたん形の合体形の存在(湾曲する正方形)からも説明が可能です。古今東西、「八」という数値に対してはものを生みだすという意味が与えられています。
 この弦図の正八角形はピタゴラスの定理、すなわち、宇宙創世の原理に密接に結ばれます。だから、生命誕生の原理と宇宙創世の原理を内包するひょうたん形に「壺中の天」という称号が与えられたとしても何ら不思議ではありません。
 現代の数学者、物理学者は宇宙の構造は、渦巻きと双曲幾何・楕円幾何が深く関わっているのではないかと考えています。そのような宇宙論を展開したポアンカレの予想をユダヤ系ロシア人のペレルマンは数学的に証明を達成された言われています。数学のノーベル賞と言われるフィーリ-ズ賞を全世界の数学者たちから与えられましたが、授賞式に姿を現わすことはありませんでした。アメリカのウイリアム・サーストンは同様な研究、双曲幾何・楕円幾何・結び目などのトポロジーの視点からの研究に対し、フィーリ-ズ賞を受賞しています。
 このように縄文人が発見していた幾何学は、私たちが小学校・中学校・高等学校で学んだ幾何学とは違っています。違っているというより異形同質の幾何学を大自然を学び舎として学習していたという表現が適切でしょう。それは現代のトポロジーに比べてもかなりのレベルに達していたと考えられます。それは縄文遺跡や貝塚から出土する土器から推定できます。縄文人は今から一万数千年前に現代数学の位相数学の分野に匹敵するくらいの幾何学を会得していたのです。
 アインシュタインは、空間と時間に重力を加えた一般性相対性原理を編みだしました。いっぽうわが国の縄文人は、「同質でありながら異形の二者の合体によって新しい生命が生まれる」という生命誕生の原理とピタゴラスの定理に象徴される宇宙創世の原理に相対図形の素粒子「)」形を加えた相対性原理を編みだしていたと考えられます。