纏向遺跡は卑弥呼の宮殿跡か?

 今回の桜井市纏向遺跡の大型建造物跡の出現に際し、新聞各紙の第一面への掲載、テレビ報道はすさましいものがあります。特に古館キャスターの「報道ステーション」は特番を組むほどです。テレビ報道で、どこの局かわかりませんが、あるコメンテーターは、「私は北部九州九州説です。出土する遺物の数が断然九州の方が多い。たとえば甕棺など…」と発言していました。
 これを聞いた私は、そのコメンテーターは、物質中心の現代的感覚に汚染されていると感じました。
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えびす様と大黒様

 2009年10月31日、土曜日、名古屋の中心部にある繊維問屋のある長者町(ちょうじゃまち)一帯で、若者を中心のパフォーマンスが何ヶ所かで開催されました。知人がギター演奏とダンスを取り入れた自作小説を朗読するというので、応援に駆けつけました。
 会場へ少し早く到着したため、散歩でもしようかと目を移すと、門柱に書かれた七福神神社という名前が飛び込んできました。そこには他の神様とともに精巧に彫刻された七福神が並べられていました。なかでも宝珠形に座る大国様とひょうたん形の軍配をもつ布袋様、そして蛭子様が印象に残りました。蛭子様は恵比寿の表記もありますが、「蛭」という字に秘密があるようです。「玉川の上水の仙人」さんが『記・紀』の記述を引いて書いておられるように「蛭兒」に関係があるのではないか、と考えられます。直感ですが、『記・紀』の蛭兒が葦船に乗せられて流される、という記述されるところが気になります。生れたのが蛭兒でなぜ葦船に乗せられなければならなかったのでしょうか。
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民主党のロゴ・マークとヴェシカ・パイシスについて

かつて、私は、本ブログに民主党のロゴ・マークについて書き込みをしました。
その稿で、私はそのロゴ・マークの二つの円形の重なり具合の少ないことを指摘しました。なぜ、弥生時代の銅鐸のもつ眼形の大きさにしなかったのか、という主旨のことを書きました。
 今、この場でそのように書きブログに発表したことを民主党と民主党に関係する方々にお詫びしたいと思います。ヴェシカ・パイシスの眼形の中に想定される正三角形の一つの角度は60度をもっていますが、民主党のロゴ・マークはそれよりかなり小さい角度です。このような二つの円形による小さな眼形は、下に掲げる図を作図することによって得られます。この図は正六角形を生みだしています。その意味は双曲図形と楕円図形から円接正六角形が生じることが示されています。すなわち、その図解となるものです。
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想像もつかない歴史が甦る『縄文人の偉大な発見』

東京「アジアの古代文化」研究発表要旨
2009年11月29日(日)午後13時~17時
豊島区生活産業プラザ(池袋)

小論で、私がお話することは、これまでの歴史観とはまったく相違するものです。「想像もつかない歴史が甦る」『縄文人の偉大な発見』というタイトルになっていますが、想像もしないことが次から次へと私の眼前に起こってきました。
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メビウスの帯

 メビウスの帯は、1858年にドイツのメビウスという人が発見したということが、世界的に定説になっています。しかし、わが国の縄文人はメビウスの帯の存在を知っていたと思います。東京都青梅市寺改戸遺跡出土の注口土器(縄文後期)に描かれるものはメビウスの帯であると考えています。青森県の縄文学者からは「検証できない」と一蹴されました。検証とは、それを裏づける文献史料か、状況証拠の積み重ねしかありません。否定する学者は「存在しないこと」の証明をする必要がないことを承知して「検証できない」と言っているのです。
 レオナルド・ダビンチは視点の移動によるカタチが変化する構図を描いていました。これは一つの形の上に二つのカタチをもつ図ということができます。メビウスの帯の表と裏の区別のつかない現象はこれに該当します。
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