隼人について

『記・紀』は史実を書いているという立場からすれば、隼人族は縄文人であり、一方、ニニギノミコトは縄文人と渡来人の混血の倭人と思います。『古事記』はニニギノミコトと天火明命を兄弟としています。これには緻密に組み立てられた理由があるのですが、長くなるので触れません。ただ、『記・紀』がイワレヒコ(神武天皇)とニギハヤヒをともに同族と書くところに関係しています。つまり、天火明命は饒速日命につながり縄文人の可能性が極めて高くなります。それは『記・紀』の天孫降臨の件で三種の神器をニニギノミコトに渡している場面に示されています。この三種の神器の一つ「八尺の勾玉」は縄文時代からの象徴物です。
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異なる両眼は何を物語るのか

 図1に見る人面把手付土器(じんめんはしゅつきどき)の両眼は、左右のカタチが違っています。これに関してネリー・ナウマン氏は、次のように書いています。
 筆者の知見では、容易にわかるにもかかわらず、藤内遺跡土偶の著しい特徴を指摘した者はこれまで一人もいないようである。それは両眼のちがいである。形状は同じに見えるものの、右目が開き、涙を示す二本線が出ている左目は多少閉じた感じがする。相違が偶然ではなく意図されたものであることは、偶然とか未熟さが入り込む余地のないその他若干の事例でわかる。(中略)
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縄文人の十字形とケルト人の十字形

 日本人とケルト人には、共通点があるといわれております。日本には八百万の神がおり、アイルランドには森羅万象に精霊が宿ると信じられています。
 これはいわゆる多神教の教えです。しかし、ケルト人はキリスト教のはずではなかったか、と疑問をお持ちの方がでてくるはずです。確かにキリスト教国であることに変わりはありません。ここに一つの問題があるのです。キリスト教はユダヤ教の流れを汲む一神教です。なのになぜ多神教の思想があるのでしょうか。双方の歴史を遡ってみたいと思います。
 日本人とケルト人はよく似てるといわれるのは、前述のとおりですが、それらは言葉上のことです。では、その証拠はあるのでしょうか。
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土器・土偶の写真について

 去る2月7日(日)、東京国立博物館で開催された「土偶展」を見にいきました。予想以上の見学者が訪れ、縄文文明に多くの人たちが関心をもっていることを
肌で感じることができました。
 展示会場は大混雑で体を斜めにしながら見なければならないほどでした。図1に示す「猫目の3本指をもつ土偶」を見ているときに、博物館の係員に台に手をかけたり乗らないでくださいと注意を受けました。
 この土偶は正面から見ただけではわからない形が、頭部の真横と真後ろに隠れていました。それを見るためには白い台に手をかけるか、あるいは片足を台の上にのせる動作が必要になります。
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大いなる遺産

 ちまたでは出雲大社を「縁結びの神」と呼んでいます。その縁結びの由来は、どのようなところにあるのでしょうか。出雲大社には大きなしめ縄があります。
 しめ縄は二本締めと三本締めがあります。一本ではしめ縄になりません。もう一本の相手を絶対的に必要にします。このしめ縄のように私たちの周りには、二つのものが合体して新しいものを生みだす現象があります。植物の世界ではおしべとめしべが交合して果実が生まれます。動物の世界においても、そのメカニズムは同じです。つまり、「同質でありながら異形の二者の合体によって新しい生命が生まれる」という生命誕生の原理をもっています。二者は、二本よりのしめ縄と同じ、なくてはならない相即不離の関係に置かれています。
 では、生命誕生の「同質でありながら異形の二者」は、なぜ「しめ縄」に象徴されたのでしょうか。一本より二本の方が強いからでしょうか。それだけではないはずです。しめ縄が縁結びの意味をもつとすれば、しめ縄はAとBをつなぐ媒介者的機能があるということになります。
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