究極の相対図形

 図1に示す土偶は縄文時代の遺跡、長野県富士見町の藤内遺跡から出土したものです。頭に戴く渦巻き状の文様に関してはアカデミズムも注目し蛇ではないか、と説明を施しています。しかし、背中に描かれる湾曲する菱形に言及する研究者はほとんどいません。
 この湾曲する菱形と同じ曲線をもつ土偶が坂上(さかのうえ)遺跡(長野県富士見町)から出土しています(図2)。これと同じ双曲線をもつ土偶が、縄文早期に出現しています(図3)。注目されます。
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「田」は文字か、それとも…

田は文字か記号か
 今から九年前の平成11年に、三重県嬉野町の貝蔵遺跡から2世紀後半とみられる「田」を描く土器が発見されました。
 このとき、新聞は「最古の墨書文字か」と大きな活字を使い、論争再燃と書きたてました。
   日本の文字の歴史はいつ始まったのか―。過去に思いをはせる墨書が、また見つかった。三重県嬉野町中川の貝蔵遺跡で確認された二世紀後半とみられる筆書きの「田」。町教育委員会は「日本最古の墨書文字」と発表した。しかし、記者会見では「記号の可能性も否定できない」と冷静に構える学者もいて、この分野の結論づけが難しいこともうかがわせた。一九九六年以降、三、四世紀の文字とされる墨書や刻書が次々に見つかっており、文字論争は百年単位で歴史をかけめぐっている(平成11年12月1日付朝日新聞)。
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縄文ルネサンス

 ルネサンスとは、wikipediaによれば、14世紀~16世紀イタリアを中心に西欧で興った古典古代の文化を復興しようとする歴史的文化的諸運動を指す。またこれらが興った時代(14世紀~16世紀)を指すこともある。
 江戸時代の文化に、縄文時代の文化を復興させた形跡があります。この視点から資料を集めているうちに、それはまさに江戸時代の「縄文ルネサンス」と名づけてもおかしくない、いやそう呼ぶべきではないか、という思いが強くなってきました。
 これを強く意識したのは、熱田神宮の宝物館です。さきに報告した「軍配に描かれた三日月と満月」より以上に強烈に私の胸に突き刺さってくるものがありました。それは「徒然草図屏風」と名づけられた屏風絵です。
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経津主神と饒速日命

「縄文うずまきセミナー」にご参加いただきありがとうございます。
これまでの縄文文化に関する論考は、熱心に聞きにきてくれた皆様のお力添えのお蔭です。加えて、リスナーが別のところで発表したものは、拙稿を正確に詳細に理解するものであり、大きな励みになります。

縄文人の発見した百八十度の反転文様
振り返ってみると、縄文人の発見した百八十度の反転文様に気づいたのは、二人のNさんから八ヶ岳南西麓の井戸尻遺跡で行われるイベントへの参加を打診された数日間でした。その野外セミナーの原稿を思索する中で生まれてきました。
縄文人の発見した百八十度の反転文様は、霧に包まれていた部分を払拭し、明快に勾玉と鏡の結びつき、そして三種の神器を解き明かしてくれました。皆さんに同行した井戸尻の大滝神社では、灯篭に灯したローソクの炎に宝珠形を見ました。これも大発見です。
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自然との対話

体験!『縄文人の思考法に学ぼう』
文字通り『縄文人の思考法に学ぼう』を体験できる情報をお知らせします。さっそく、熱田の森へ。
ヤマトタケル、ミヤズヒメ、そして草薙の剣で有名な熱田神宮へ直行です。熱田神宮は名古屋のほぼ中心に位置し、緑に囲まれた杜は名古屋市民のよき散策の場でもあります。そのなかに熱田神宮宝物館があります。この宝物館が目的地です。
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