神と雷のお話
わが国では八百万(やおよろず)の神といわれるほど多くの神々が存在します。なぜ八百万といわれるほど多くの神々がいるのか、その答えは未だ提出されていません。
縄文時代から弥生時代にかけて、土器などに渦巻文が描かれています。特に銅鐸と呼ばれる 弥生時代の祭器にはおびただしい数の渦巻文が描かれています。わが国の古代人が、この渦巻きに対して重大な関心を寄せていたことはまぎれもない事実でしょう。
いっぽう、西の果てのアイルランドおよびブリテンには渦巻き文化をもつケルト族が住んでいます。このケルト族の渦巻きはキリスト教を受容し十字架に渦巻きを絡ませた不思議な文化を創り出しました。ケルトの渦巻きは再生観を表わすものと考えられています。
それでは日本列島の渦巻きは何を意味しているのでしょうか。この問題を考えるために、古代中国に遡って神の初文をヒントに、神と渦巻きの関係を考えてみたいと思います。
実はこれから私が書こうとしていることは、この四月上旬に彩流社から発売される拙著『渦巻きは神であった』に掲載できなかった原稿です。
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