縄文ルネサンス

 ルネサンスとは、wikipediaによれば、14世紀~16世紀イタリアを中心に西欧で興った古典古代の文化を復興しようとする歴史的文化的諸運動を指す。またこれらが興った時代(14世紀~16世紀)を指すこともある。
 江戸時代の文化に、縄文時代の文化を復興させた形跡があります。この視点から資料を集めているうちに、それはまさに江戸時代の「縄文ルネサンス」と名づけてもおかしくない、いやそう呼ぶべきではないか、という思いが強くなってきました。
 これを強く意識したのは、熱田神宮の宝物館です。さきに報告した「軍配に描かれた三日月と満月」より以上に強烈に私の胸に突き刺さってくるものがありました。それは「徒然草図屏風」と名づけられた屏風絵です。


 この屏風には8種類の違った文様の着物を着た人物が描かれています。全体は風景画ですが、モチーフは8種類の文様にあることは明らかでです。8種類の文様の名前は、以下のとおりです。
①遠菱文、②花篭文、③襷に四つ菱文、④桐・蔦の段替り文
⑤青海波文、⑥菊立涌文、⑦菊水文、⑧亀甲文


 8つの文様の中で、私の目を釘づけにした文様は、⑥菊立涌文です。この文様はひょうたん形が連続して描かれ、そのなかに菊花文が描かれています。このようにダイレクトに螺旋形を描く史料は見たことがありません。
 熱田神宮の文献が菊立涌文と名づけた文様は、双曲図形と楕円図形、そして「円接正多角形=菊花文」に基づく文様です。この視点から「徒然草図屏風」に描かれる文様は、螺旋形・渦巻文・円接正多角形・双曲図形と楕円図形で割り切れます。
唐草文(渦巻文)と多角形の組み合わせは、古伊万里の「金襴手」の図案にみることができます。このような文様のルーツは、縄文時代に求めることができます。
 熱田神宮宝物館に保存される江戸時代の屏風画は縄文人の発
見した反転文様に基づくものとなっています。
江戸時代に縄文文化の復興が意図されていたのではないか。このように考えられます。

〔縄文人の思考法に学ぼう〕
トポロジーの視点をもてば、それまで見えなかったものが見えるようになり、わからなかったことがわかるようになります

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