「田」は文字か、それとも…

田は文字か記号か
 今から九年前の平成11年に、三重県嬉野町の貝蔵遺跡から2世紀後半とみられる「田」を描く土器が発見されました。
 このとき、新聞は「最古の墨書文字か」と大きな活字を使い、論争再燃と書きたてました。
   日本の文字の歴史はいつ始まったのか―。過去に思いをはせる墨書が、また見つかった。三重県嬉野町中川の貝蔵遺跡で確認された二世紀後半とみられる筆書きの「田」。町教育委員会は「日本最古の墨書文字」と発表した。しかし、記者会見では「記号の可能性も否定できない」と冷静に構える学者もいて、この分野の結論づけが難しいこともうかがわせた。一九九六年以降、三、四世紀の文字とされる墨書や刻書が次々に見つかっており、文字論争は百年単位で歴史をかけめぐっている(平成11年12月1日付朝日新聞)。

 朝日新聞は、鑑定した五人のうち、文字説を唱えた人は、水野正好・西山要一・赤塚次郎・山沢義貴各氏で、東野治之氏は文字であることを否定はしていないが、「なお、記号の可能性も否定できない」と慎重な姿勢だ、と書いています。
 新聞の情報によれば、「田」を描く土器は、東海地方
特有の素焼きのひょうたん形「ひさごつぼ」であると
いう。なぜ土器に描かれているのか、これを問題視す
るアカデミズムは誰一人としていないことが残念です。
 私は、「なぜ土器に描かれているのか」、「田」の意味を考える上で、この視点は極めて有効であると思います。そこには壺と田がダイレクトにつながっていたから壺に田を書き残したのではないか、このように推定されるからです。

田に発見される対称性
 「田」に中心線を入れると、左右と上下が対称形であることに気づきます。このような作業を通して、+形の存在に気づきました(下図参照)。 +形の Ⅰ形は第三章に詳述するように、ひょうたん形の骨組みと同じ形です(下図参照)。ひょうたんは「ひさご」の別名をもっています。貝蔵遺跡から出土した壺は、ひさご壺といわれ田形が描かれています。つまり、この田形に二つの Ⅰ形を想定すれば、ひさご(ひょうたん形)と Ⅰ形を等式で結ぶことが可能になります。
 次に 卍です。この 卍と逆卍を合体させると「田」形になります。それは十字形部分を共有し四つの羽根によって「田」形を形成しています。
卍(逆卍)は、正逆S字渦文を内包する文様であることがわかっています。この正逆S字渦文はS字トンボと逆S字トンボに置き換えることができます。そして正逆S字トンボはひょうたん形からしめ縄状文様を経由して壺を形づくります。卍形の左右の羽根は正逆S字トンボに対応します。つまり、卍と逆卍に生じている左右非対称の羽根は、「同質でありながら異質の二者の合体によって新しい生命が生まれる」 という意味を内包する形と認められます。
 以上の推定が許されるとすれば、田形は、Ⅰ形、つまりひょうたん形と卍と逆卍の合体形を内含するカタチということになります。その正逆の卍は相対図形の素粒子を基本形とするS字形を内含し、さらに左巻き渦巻きと右巻き渦巻きの意味をもつという、いわゆる「万字」ということになります。このような意味をもつ「田」がひさご壺に描かれるのは、ともに ) 形を究極の親として、田は 卍と逆卍をもち、壺は母胎、もしくは子宮の意味をもっていたのです。つまり、「田と壺」には生命誕生の原理に適う意味が付与されていた、このように考えられます。読者の皆さんはどのようにお考えになりますか。

〔縄文人の思考法に学ぼう〕
トポロジーの視点をもてば、それまで見えなかったものが見えるようになり、わからなかったことがわかるようになります

“「田」は文字か、それとも…” への2件のフィードバック

  1. quantum より:

    初めて投稿します。quantumという者です。

    今回のブログ内容のうち、以下の点について確認したいと思い、投稿しました。
    「しめ縄状文様に中心線を入れることによって、左右の羽根が生まれることが示されています。つまり、卍と逆卍に生じている左右非対称の羽根は、「同質でありながら異質の二者の合体によって新しい生命が生まる」という意味を内包する形であったのです。」
    この中で、まず卍と逆卍はS字形と逆S字形に置き換える必要があると思います。文脈からは卍の話へ持ってゆくのは無理があるのではないでしょうか?
    それから、S字形と逆S字形から出来たひょうたん形の横からの形はクルミの殻を二つ並べて横から見たものかも知れません。今夜NHKスペシャルで「病の起源」を放映していましたが、その中で縄文人達が栗やクルミを食べて生活していた証拠が残っていると映像で説明していました。または、大谷氏が展開されておられるメビウスの輪のイメージが正逆S字形になる元となったのかも知れません。縄文人の生活の中から見つけ出されたものであれば、自然の中にあるものからイメージを取り出したのだと思います。長い文章で失礼しました。

  2. kurumilruku より:

    Quantumさんご投稿ありがとうございます。ご返事遅くなって申しわけありません。適切な指摘だと思います。

     卍は直線的な文様(記号もしくは図形、ここでは定義づけを省きます)です。しかし、その羽根をみると運動性を感じとることができます。私はこの運動性に注目したい思います。つまり、図に示すとおり卍は中心から左巻きの渦巻きを、逆卍は同じく右巻きの渦巻きをトポロジー的な発想によって異形同質のもとに考案されたものと考えられます。考案といっても必然的に生まれたと表現すべきかもしれません。というのも卍と逆卍は「十字形」をもっているからです。
     ここに渦巻きの曲線と+形の直線の相対関係が生まれています。縄文人、世界の新石器人が追求したものは、あくまでも相対性を抜きに考えられないと思います。すなわち、「同質でありながら異形の二者の合体によって新しい生命が生まれる」という生命誕生の原理は、この相対性を抜きに考えられないからです。
    加えて十字形(+形)は折り紙の原理に示されるように造形の能力をもっています。+形と×形が私たちのする自然界において、根源性をもっていることは、ここでは触れませんが多くの物理現象においても証明されるところです。
    問題は縄文人、世界の新石器人がどうして、これらを知りえたかについては、これからさき順次考えて行きたいと思っています。
     卍には左巻き渦巻きと右巻き渦巻きの概念と+形の概念の合体したものではないか、このように考えております。このように考えると「曲線と直線」に象徴したわが国古代人の思想形成の一端を垣間見ることができるのではないでしょうか。
     Quantumさんのご指摘のように、卍はS字形と逆S字形の概念を必要とする、と私も同感です。ご指摘のとおりそれを行うには卍に対し、渦巻きを想定することが求められます。この渦巻き、つまり正逆S字渦文がしめ縄状文様と異形同質の関係に置かれていることを同時に語ることが求められます。Quantumさんの文中にみえるクルミの殻を二つ並べて横からみたもの、など相対図形の素粒子「)」形は、栗などにも現われたいます。この視点で公園などを散策するとき、木葉や木の実を観察すると興味尽きないものがあると思います。
     最後に、生命誕生の原理の「同質でありながら異形の二者の合体によって新しい生命が生まれる」の中で、「異質」としたのは間違っていました。「異形の二者」に訂正したいと思います。間違っていたことお詫び申し上げます。これはKさんからアドバイスを受けたものです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


*

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください